海中の電車の夢

夢を書き取るのが難しく感じてしまう。自分と向き合う時間が減り、毎日を仕事と気晴らしでやり過ごしてきた。5月の連休に京都に行ったので、古代史への憧れが戻ってきて、それからずっと、京都や奈良の地図をみたり、歴史の論文や物語や万葉集を読んだりしていた。読みたかった岡野弘彦の『折口信夫伝』もようやく繙き、折口自身の論考も色々読み返して、久しぶりに白川静の『初期万葉集』をひらく。10代後半と20代に身も心も傾けていたこの世界から、浮世の生存競争や小さな世界のもめごとに気を取られ、10年以上も離れてしまっていたのは、悲しいことだった。

今朝の夢。温室で植物をみる。入口の脇の水槽に、とげのない柔らかいウニの殻のような生き物が飼われている。その前にいる温室の人と話していると、連れ立っていた友人が出てきて、同じような生き物で、ふくらんだり小さくなったりする透明なものを買いたいという。その生き物を二匹、そして入り口の脇の水槽の生き物もそれぞれ二匹ずつ譲ってもらうことにして、温室の前の運河から船に乗り込む。

どうやら間違った船に乗ってしまったらしい。あわてて友人は船を降りるが、私が続いて岸へ上がろうとしたときには、もう船との間が随分ひろがって、跳び越えるのも危ないほどになっていた。前の方にいる運転手さんに交渉するけれど、外国語なこともあって通じる気配がない。そのうち運転手さんが身振りで乗降口を示すので、みるとちょうど交差点の信号のところに船べりが接近している。急いで道へ上がり、そのまま街を急いで行く。大きな建物の二階にならんだ飲食店のベランダを渡るように進んでいく。

駅へたどり着くと人があふれ、われ先に地下鉄にのりこもうとしている。とにかくここで車両に乗り込まないと命が危ないように感じて、人に押され、私も前の人を押し分けて入る。人にもまれながら電車にゆられ別の駅で降りると、二つ持っていたトランクのうち大きい方はどこかへいってしまい、持っていた袋も落としてしまったらしい。小さなトランクだけを大切に持って、あたりをみまわす。

その駅では、線路が大きく陥没して、ホームの真下は高い崖になっている。崖の下方に海が迫り、線路は海面はるか下に沈んでいるようだった。水中に電車が止まっているはずだけど、ホームの人垣で先はみえず、垣間見える海の水も深緑に光って見通すことができない。それでもここは行き止まりで、前へ行く以外に道はない。周りの人たちともそう言い合って、覚悟をきめ、持っていたトランクを両手で頭の上に掲げ、さかさまに海へ飛び込んだ。このまま死ぬかもしれないから、この空を飛ぶ感覚を感じてみたいと思うけれど、すごい勢いで落ちていくので恐怖で体がすくむ。衝撃とともにトランクで頭を守るように海中へ飛び込み、勢いでずいぶん下まで沈んだあと、必死で上へ上っていく。電車のような大きな構築物が前にあって、ひょっとすると、いま海面へ上がってしまわずに、このまま電車のなかへ入り込むべきなのかもしれないと考えるけれど、とにかく浮き上がって空気を吸わないと危ないと、上へ、上へ、泳ぎ上がろうとする。

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